私が“農業”に魅入られた理由
☆6/356☆
よく初めて会う方や、まだあまり親しくなっていない方には、
「脇坂さんてやたら農業に熱いですが、もともとそんな風だったんですか?」
とよく聞かれる事あります。
ですので、説明をしなくていいように(?)ここで少しお話しておきましょう。
私が農業に魅入られたのは
『運命』
ですね。
こういうと大抵の人が半分納得してくれますが、(っておいおい納得しちゃ駄目だろう!!)
まだ納得されない方の為にきちんとした説明をします。(最初からしろよ!!)
そもそも私は両親は農家ではありません。
父方の祖父母は北の大地、北海道で農業を営んでおりましたが、私が生まれる頃には、第二種兼業農家でした。
ちなみに母方の祖父母は同じ北の大地、北海道で漁師を営んでいました。
といっても、この年代のこの時代は、日本全国で第一次産業が盛んでしたので、普通でしょう。
さて、私自身はそんな祖父母を持ちますが、父親の転勤により、札幌で生まれ、ビール工場前で育つこと早一年で都会のジャングル「東京」へと、母の腕の中で上京してきました。
東中野に住むこと三年、その後千葉県の市川市へと移り住みましたが、農業というものと触れ合う機会はほとんどありませんでした。
しかし、原体験というのは考えるとあるものですね。
小学校時代には、授業の一環で畑を借りており、確か私の記憶にある限りでは、長ネギの作付とジャガイモをやりました。
また、尊敬している父が年に二回は北海道の祖父母の家に帰っていましたので、そこで庭先でおばあちゃんがつくっているトマトをもいで食べたり、とうもろこしをすぐにゆでて食べたりしていました。
(となりのトトロでメイとサツキがかんたのおばあちゃんと畑で収穫して食べているシーンがありますが、まさにそんな感じです。)
こんな原体験がありました。
これが幼少期~少年期にかけての唯一の農業に触れていた時だと思います。
さて、では核心的に農業界に突入していったのはこの先ということになります。
それは大学受験をひかえた高校三年の夏です。
私は当時バスケット部に所属しており、ず~っとバスケ漬けの日々を過ごしてきました。
三年の大会が終わり、これから大学受験に皆が動き始めようとしていた時、私は、なりたい職業がありそれにしようかなと考えていました。
それは
『料理人』
です。
事実、数少ない趣味の中でも一番好きなのが料理で、何せ食べるのが好きだから自分の好みの料理は探すのでは無く、作る方が早いと考えて作っていました。
普通の食事のメニューもつくりますし、甘党なので(だから最近体重が・・・いやそれは生活習慣のせいか?!)ケーキやプリンなども自分で作ります。
なので、将来は料理人がいいなと考えていました。
が、両親に大学は出てほしいと言われましたので、それまで進路などで何かと我が儘を聞いていただいていたし、大学の高い学費を出してくれるというので、大学に行こうと決意しました。
さて、ようやく『運命の時』が近づいてきました。
さて、大学受験となりましたが、どこにいっていいものやら?
という事でまず始めたのが勉強では無く大学選び。
いくら大学に行くと決めても、興味の無い分野に入ってもしかたないですし、かといって数撃って当たったところに行くのも好きではない。
いくなら一番興味の惹かれた一か所に絞っていこうと考えていたからです。
ということで、早速進路相談室で全国の全大学、学部、学科の説明が掲載されているとてもとっても分厚い本を読み始めました。
さて、何と言っていいのやら、神様が決めた宿命なのかはわかりませんが、700校以上、何千学科も掲載されているにもかかわらず、私が興味をもったのがたった一つしかなかったのです。(いや本当にすごくないですか?)
それが
東京農業大学国際食料情報学部食料環境経済学科
だったのです!!
運命を感じませんか?(笑)
何故、そこで農業だったのか、なぜ経済だったのか今でも全くわかりません!!
しかし、しかしその学科の紹介ページしか私の“心”が動かなかったのです。
そんなこんなで、高校時代から内申はかなりすごかったので(とゆうか狙ってました笑)
受験勉強めんどくさいので、一般推薦を受けましたら、あっさりと受かってしまいました!!
この時、私の将来がこんな風に(どんな風に?)なっていくとは思いもよらなかったのでした。
長くなってしまったので、大学入ってからの事はまた書きます。。。