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京都いってきました☆
仕事の内容や素晴らしい学生たちの活躍の話は後にして、とりあえず夜行バスで到着後(朝6時)午前中京都観光をしてきました!!
まずは京都駅から西本願寺を目指しテクテク。。。
西本願寺の大きさに感動しながら、そのままさらに北へテクテク。。。
目指した場所は
『壬生寺』
時は幕末、維新志士の新撰組が鍛錬場や集会場として使用していた寺で、芹沢鴨の墓や近藤局長の像も設置されているところです。
日本が大きく揺れ動いた江戸時代末期、そこで時代の変革に関わっていた新撰組の雰囲気を感じてきました。
そして、壬生寺で感動しながらも後にし、またもテクテク。。。
さらに北へ北へ
神泉苑に到着。
神泉苑はその昔、平安京造営の為に作られた庭園で、大地に船を浮かべ、宴が催されたたという大規模なものだったらしく、二条城造営で大幅に縮小され、今の形になっているらしいのですが、それでもきれいな池と橋などがあり、美しい姿でした。
この場所も、平安京造営とともにという事は、当時、平城京から都が動くというまたも日本が大きく動いた時代です。
桓武天皇が、簡単に言えば権力争いの中で行った事で、東西4.5km、南北5.2kmという規模で、当時としては相当大がかりなことだったのでしょう。
ちなみにここでおみくじをやりました☆
結果は
「吉」
でしたが、結構いい感じの事が多く書かれていました!!
さて、次は当然のごとく目の前にある二条城へ
と勢い盛んに行きたかったのですが、時刻はまだ8時。
二条城は8時45分から開くのです!!
ということで、コンビニで時間を潰して、いざ二条城へ~!!
実は私二条城は初体験でして、かなり興奮気味に入りました!
最初は、ぐる~っと外の堀や石垣を見て、当時これだけの建造物をつくっているという技術に凄いなと改めて思い、二の丸から庭園、本丸の方を外から外からずっと散策しました。
そして、一周してきていよいよ二の丸の中へ~☆
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いやぁ凄かったですね。
建造物の造り、襖やはり、感動だらけでしたが、
外様大名と謁見する場と、譜代大名と謁見する場が違う事なども面白いなと思ったりしながら、その広さにも驚き、(見学コースぐるっと450M)凄いなと。
そして、やはり15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行った発表した場所は歴史を感じましたね。
初代将軍徳川家康が乱世を治め(実質的には豊臣秀吉なのだが)徳川幕府をつくり、京都滞在の際に使用したのがこの二条城。
※すでに戦国時代は終わっていたので、天守閣が無い、本丸と二の丸だけの平城としても面白い。
もちろん徳川家康は、日本の歴史を大きく変え、そして約300年の平穏な時代を創った事で知られる素晴らしい方である。
そしてそれから264年後の第15代将軍徳川慶喜が同じ地で幕府政権から官僚政治へと権力を譲渡(返還?)したのもこの城。
戦国時代を終わらせた家康公が上洛の際に使用し、そしてまた徳川時代を終わらせる為に上洛し、最終決断をしたのも二条城。歴史というのは面白いものです。
さて、二条城で感慨に浸りながら、次は東へテクテク。。。
つきましたのは、本能寺!
私の大好きな乱世の覇王織田信長が最期を迎えた場所です。
残念ながら本堂は改修中で見れなかったのですが、信長廟に行き、お参り。
戦国時代に新しい価値観、方策を次々と打ち出し、一向に収まる気配を見せなかった戦国時代を終りに向かわせた人物であり、その志半ばで部下に裏切られて最期を迎える事になった本能寺。
※ここの本能寺は豊臣秀吉が移転させているので、当時明智光秀に討たれた場所とはちょっと違うのですが。
しかし、信長公も日本を大きく変えた1人で、信長公が活躍なければ、そのあとに続く秀吉、家康といかなかったでしょう。
そしてその後は、祇園の方へ街並みを見にテクテク。。。。
そしてまた市街地へ戻り、四条駅から京都駅へ戻りました。
何キロ歩いたんだろう(笑)
・新撰組
・桓武天皇
・徳川家康
・徳川慶喜
・織田信長
短い時間にこれだけの日本を変えた、動かした男たちを見てきました。
私も負けれはいられません。
今も
時は幕末、世は戦国と思い
日本を再び元気にする為に、その基盤となる農業をもって変えていきましょう!!